月夜見
 “どっかで聞いたような話”

     *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより**

 
 その日、男はうけに入っていたらしく、さして気張った訳でもなけりゃあ河岸 ( かし・馴染みの場所などのこと ) を変えたわけでもないのに、いつもの賭場にて明日の元手や小遣い銭以上のアガリがあったので。途中にあった屋台で酒を引っかけ、それはいい気分になって家へ帰ろうとしていた。もうすっかりと夜も更けており、長屋の木戸は閉められているだろうが、そんなのはいつものことだ。いつものように大声上げて、一番端に住まう番屋の爺さんを叩き起こして開けさせてもよし。あんなガタの来ている薄っぺらい木戸なんぞ、蹴破るのも楽勝なことだしと、お気楽に構えて鼻歌混じりに。今しも群雲から出て来てお顔をのぞかせた月の影が、その姿、煌々と掘り割り水のおもてへ映り込ませていた、どっかの役宅廻りのお堀端をのんびりと歩いていたそんな折。

  ……ん?

 何かの気配がすぐ背後で立ったような気がして、踵を擦るような伸し歩きを止めての立ち止まり、自分の背後を何げなく振り返ったものの。そこには、道の片側に連なる塀の足元の短い陰と、月の光に照らされた白っぽい道しかありはせず。天水を溜めておく桶やごみ溜めもなし、すとんと真っ直ぐ伸びている道しかなし、人影もない。すぐ傍らの役宅へと、木戸をくぐって入ってった人でもあったかなと。そのくらいに思って再び歩きだしたもんの、後で判ったんだが、その通りには勝手口も木戸なんてのもなくて。後れ毛が当たってくすぐったい首条を、ぐいと撫でてからそのまま懐手になって。ひょいひょいひょいと気楽な足取りで歩みを進めていたが、やっぱり少しすると何かの気配がする。ちょうど、新芽の落ち着き始めていた柳があったんだが、その枝がさわさわ揺れる気配にギクッと首を竦めたその拍子、どこからともなく聞こえて来たのが、




  「置いてけぇ〜〜〜〜。」
  「ぎゃ〜〜〜〜〜っっ!」

 陰に籠もって物凄く…という低い声音での演技つき、ご丁寧にも 体の前へ両の手を力なく持ち上げてという格好までして、不気味に呟いた下っ引きさんの、妙に上手だった声真似へ。そこまでをドキドキしながら聞いていた小さなトナカイのお医者様が、ひゃ〜〜〜っと震え上がったのは、昼下がりのまったりした長閑さが満ちていた…はずな、一膳飯屋“かざぐるま”の店内であり。

  「やめろやめろ、ウソップの馬鹿やろっ!」

 小さなお手々を振り回し、もう既にしっかり涙目になっていつつ、それ以上続けたら泣くぞと言わんばかりのお顔をするお医者せんせえなのへ、

 「そうだぞ、ウソップ。
  いいかげんにしとかねぇと、
  大怪我したのを手当てしてほしいとなった時にゃあ、
  せんせえ、カラシ入りの塗り薬を持って来かねんぞ?」

 苦笑混じりにそんな助け舟を出してやったのが、短めの動きやすい着物と裾から覗く下馬という下履きに、濃色の前掛けにねじり鉢巻きという定番な格好も何ともいなせな。ここいらじゃあ知らぬ者のない腕を持つ、名物板前のサンジなら、

 「結構 細かいところまでくっついてる話だったわね。」

 妙な関心をしつつ、居合わせた頭数分のお茶を盆に載せて運んで来たのは、明るいい色合いの小袖が似合う、すらりとした肢体も花のように瑞々しいお顔もご自慢の、看板娘 兼うら若き女店主のナミであり。卓の上へと湯飲みを並べつつ、

 「まさかあんたの作り話?」

 臆病なチョッパー相手にそこまで性の悪いことをするのかと、非難まじり…にしちゃあ、良く出来てて講談ぽかっところへか にんまり笑って見せつつも。一応はしっかと睨んでやれば、

 「そんなんじゃねぇさ。」

 何で彼が威張るんだか、言い掛かりはよせと言わんばかり、ふんっと鼻息荒くも思い切り胸を張ったウソップが続けたは、

 「巷で取り沙汰されてんのは、
  広まる過程で尾鰭もついてて随分と大仰になってるらしいが。
  今オレが話したのは、
  ちゃんとしたお調べでこまごま聞き取りをした内容だ。」

 だから、嘘偽りのない原本ものだと言いたいらしかったが、

 「おいおい、そんな話だってことは、奉行所の秘密事項なんじゃねぇのか?」
 「……あ。」

 やば…っと 今頃になって慌てて両手で口を塞いだ呑気な下っ引きさんに、特に何かしらの腹蔵や魂胆があってのことじゃないのは百も承知の皆様で。その所作の滑稽さへこそ、くすくすと笑いつつ、

 「置いてけ〜か。
  怪談ばなしにはよくあるネタだけど、
  まだ梅雨にも入っちゃないのに随分と気の早い話だわね。」

 人通りの少ないとあるお堀端を真夜中に通ると、姿の見えない何物か、陰に籠もった声で、置いてけ〜と囁きかけてくるという話が、ここ最近のグランド・ジパングのご城下に実しやかに広まっており。何を置いてくのかも判らず、気味が悪いと駆け出せば、声もひたりと着いてくる。追いつかれぬよう逃げ切れたらよし、さもなくば……

 「生気を吸われるだのお堀へ引きずり込まれるだのって顛末のところは、
  ホントに追いつかれてたら他へ伝えようのないことだからか、
  何通りもあっての怪しいもんだが。」

 「そもそも、昔っからある怪談のネタでもあるしねぇ。」

 それが今更復活されてもねぇと、夜歩きには とんと縁のないナミが、全くの他人事としてあっけらかんと言い放てば、

 「そそそ、そんなお堀って、どこのなんだ?」

 急患があったら真夜中でも呼ばれるお医者のチョッパーが、よほどに怖かったか、まだ鼻声のままで訊いて来て。安心しなさい呼びに来た人も一緒についてってくれんだろ? つか、なじみのない長屋や商家だと連れてってもらわにゃ どこのお家か判らんだろに、と。サンジとナミが宥めてやれば、

 「判らんぞ〜、その使いのもんからして置いてけ堀から来た奴かも。」
 「ひぃいい〜〜〜〜っっ!」
 「こぉら、ウソップっ。」
 「よっぽどワサビを塗り込まれたいらしいな、こいつは。」

 こんのマゾ野郎が。なんだと、お前こそ…と、不毛な睨み合いへと発展しかかる二人を、もうもうと苦笑混じりに眺めやり、

 「でも、本当に急な流行
(はやり)よね。」

 もはや“古典”とさえ言えるようなネタというか筋立てというかの“置いてけ堀”の話、既存のそれが蒸し返されたもんじゃあない、実際に聞いたんだという体験者があちこちから続々と出たもんだから、目下のご城下は、変わりやすい天気の話よりそっちの話で持ちきりだ。一番最初に口にしたのは使いに出て遭遇したらしい、まだ幼い乾物問屋の丁稚さんだったのだが、その話をまともに取り合わぬ大人たちが笑い話にしかかったところ、じゃあやっぱりあれって…と、自分も見ましたと言わんばかり、うっかり口を滑らせたお兄さんがあって。遊び人で少々乱暴者、生身の人間相手なら怖いもんはないと名も通っていた男だったけれど。そればっかりはよほどに肝を冷やしたからか、いつまでも心の臓が跳ね上がったままになってたと。だけれど、気のせいなのへ怖がっているよな臆病者と思われたくなくて黙っていたらしく。それを皮切りに、実は俺も、そういや俺も聞いたぞと、遅ればせながら白状する顔触れがあちこちから続出したのは、

 「大の男のくせに逃げたなんて恥ずかしい…ってことよりも、
  今が旬の話題の人となる方を選んだ辺りが、ここのご城下らしいやねぇ。」

 しかもそんな定番の話がだもんなと、何とも平和なこったとお気楽そうに苦笑するウソップだったが、

 「けどよ、ちょっとおかしかねぇか?」
 「なにがだ?」

 同じように笑い飛ばさずの、それどころか…妙に深刻そうに、真摯な顔になったのがサンジで。

 「だってよ、やっぱあんまりカッコのいいことじゃあなかろうよ。」

 袖口から取り出した煙管とたばこ入れ。手慣れた仕草で雁首へ刻みたばこをちょいと詰め、手近な所にあったたばこ盆から火を取ると、あっと言う間に手際よく、最初の紫煙を吐き出しつつ、

 「伝え聞きをまんま話題に載せてる手合いには、
  カッパみたいなとか、物の怪みたいなってな言いようを、
  さも見たように繰り広げている奴もいるようだが。」

 きれいな手の中でくるりと筒の部分を一回廻し、こんと吐月峰
(はいふき)に煙管の首を当て、灰になった煙草を捨てつつ続けたのが、

 「実際に体験したぞって言ってる奴ほど、
  どんな化け物だったか、大きさや影くらい見たとか、
  具体的な事を言い出す奴が一人もいねぇって聞いてるぜ?」

 怖くてか逃げたほどだったんだ、せいぜい おっかない化け物だったって気張って言やぁいいのによ。正体も判らず、ただただ不気味だったんで逃げたとしか言ってねぇって、いうじゃねぇかと。そちらさんもまた、いやに詳細に沿った物言いをするものだから、

 「何だなんだ?
  もしかしてお前も見たのに隠してるクチか? サンジ。」

 日頃から偉そうに料理だけじゃあない喧嘩のほうだって相当なもんだと、腕っ節自慢だと話しているが、実は腰が引けてたクチなのかと。意地悪く訊いたウソップだったのへ、

 「馬鹿を言え。」

 二服目を詰めつつの端と言い放った板前さん。俺だったらその場で蹴りあげての取っ捕まえて、そのまま港前の広小路の見世物小屋へ譲り渡してやっとるわ…と続けてから、

 「ルフィに聞いたんだよ、
  与力のゲンゾウの旦那が“そこんところが訝しい”って言ってたってな。」

 なんだ又聞きか、馬鹿ヤロ 俺ももっともだなと思ったって言ってんだ…と、性懲りもないやりとりが続く中、

 「そういや、ルフィはこういう話ってのを怖がる方じゃないものね。」

 むごたらしい傷口とかをしっかと見据えての治療は平気なくせに、見た訳でもないものへおっかないようと怯み、こちらの着物の袂にしがみつくお医者せんせえへ ただただ苦笑していたナミが、そんなことを思い出し、

 「そういえば……。」

 今回と全くもってそっくりだった話へ遭遇したことが、そういや以前にもなかったっけかと。ウソップやサンジが“あ”と顔を見合わせたのは………。




NEXT


  *ややこしい話です、しかも続きます。
   ……ただ単に、集中が続かなかっただけですが。
(こら)
   さほど物騒な展開にはならないことと思われますが、
   続きは しばし待たれい!


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